あっきぃーのことがあって、母さんは喘息のコントロールに努めた。
あっきぃーがおなかの中にいた頃は内服のステロイドを20mgも使っていた。1年がかりでほとんど使わなくていいようになった(吸入ステロイドをはじめ、他の薬は使用)。

あっきぃーが再び入院してしまい、母さんは自分の体調の変化に気付いたのだった。
2周年の結婚記念日になおたんがいることが判明。
「職場にまた迷惑をかけるなぁ」と思ったが、「命」には代えられない。何と言われようと「なおたんの命を守る」ことにした。あっきぃー妊娠中に「亡くなるでしょう」と言われた時の気持ちと少し似ているのかもしれない。

結局予定されていた異動の話もなくなり、片道2時間近くかけて通勤していた。
福祉施設のナースということもあって、突き飛ばされたり、蹴られたりすることもあったが“なおたん”を守りつつ頑張っていた。

「元気に大きくなりますように」とひたすら祈った。母子手帳に記載された”なおたん”の予想体重を見て、次の検診時の体重を予測していたし(父さんから目標2000gと言われていた)、「あと○週で産休に入る」「あと○日で休日になる」と指折り数えていた。

そのくらい長距離通勤・ハードな勤務はきつかった。仕事の帰りにはあっきぃーに会いに行っていたのでなおさらきつかったと思う。

そんな中、「なおたんが週数より小さめ」と医師に言われるようになった。あっきぃーのことがあったので部長先生に担当していただいていた。あっきぃーの時も専門病院に紹介していただいて助かったし「うちの小児科でみられない時はよそに送ります」と言われていたので安心していた。
普通なら不安でたまらないのかもしれないが、あっきぃーほど深刻な状態でもないので大して気にしなかった。

あっきぃーを助けるため、子宮を縦切り(確か逆T字型に切ったと聞いたような)していたので36wに入ったら帝王切開することになっていた。「陣痛がきたら5分か10分で出さないと助からない。入院していても間に合うかどうか…」と恐ろしいことを言われていた。「第1子が未熟児で帝王切開(子宮を縦切開)で出産した人が37wで子宮破裂を起こして…」という苦い経験をされたようで、そのようにいわれていたのだ。

父さんは「少しでも早めに入院できるように」お願いしていた。通常なら帝王切開前日に入院するのだが3日前に入院することにした(産科・内科の再診予定で通院するならそのまま入院しようということで)。母さんもおなかのはり止め(ウテメリン)を服用していたがあっきぃーの病院に行くのに駅から歩くのも、洗濯物1枚干すのもかなり限界にきていた。それは結果的にグッドタイミングとなった。

10月7日入院(10月10日帝王切開予定)。
8日朝の回診時に「おなかが硬くなっている」ことを指摘される。今までになくカチカチに硬くなっていることに指摘されて初めて気付くほど。それくらい気楽にしていた。午前中にはおさまっていたおなかのはりが、夕方にはいつおさまったのかわからなくなるくらいおなかがはっていた。消灯後にNSTをするが陣痛でもなさそうでよくわからなかった。その後もなかなか寝付けず、おなかのはりもおさまらなかった。

9日未明(1時頃か?)巡回の助産師に「おなかのはりがおさまっていないようだ」と伝え、再度NSTをすることに…なんと、陣痛の波が出ていると!既に4分おきになっているらしく陣痛室で夜を明かすことになる。

「おさまらなかったら緊急手術になる」と言われていたが、なんとか朝までもった。「早めに入院しててよかったなあ。予定より早くなったけど明日までもたされないから…」と現れた部長先生が言った。

なおたんは他人に誕生日を決められたくなかったんだと母さんは思った。
「自分でこの日に生まれたいって」

手術待ちの母さん(なおたん出産)

急きょ陣痛らしきものが来て出産予定前日、 「とびこみ手術」に…
なおたんは 自分で生まれる日を決めたかったんだね。